大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和35年(ワ)189号 判決 1962年12月26日

原告 岸ヒサノ 外一名

被告 国 外二名

訴訟代理人 上野国夫 外二名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

本件土地がもと訴外田中智代の所有であり、その旨の登記がなされていたが、同人は大正七年一一月二五日死亡したこと、被告国が原告田中耕一に対し昭和二三年一〇月二日および同二四年三月二日の二回にわたり本件土地がいずれも同原告の単独所有に属するものとして自創法による買収処分をしたこと、被告国が被告松浦に対し別紙第一目録記載の土地について昭和二三年〇月二日、別紙第四目録記載の土地について昭和二四年三月二日、被告友盛に対し別紙第二目録記載の土地について昭和二三年一〇月二日、別紙第三目録記載の土地について同年一二月二日それぞれ自創法に基づく売渡処分をし、原告ら主張のような所有権移転登記手続を了したことについてはいずれも当事者間に争いがない。

次に、原告両名が訴外亡田中智代の遺産を共同相続したこと、本件買収処分に重大かつ明白な瑕疵が存すること、原告ら主張のような請求承諾の拘束力が被告らに及ぶことなどについては当事者間に争いがあるが、それらの点はしばらく措き、被告ら主張の取得時効の抗弁について判断する。

被告松浦が前記売渡処分を受けたときから一〇年間別紙第一および第四目録記載の土地を占有して来たこと、被告友盛が前記売渡処分を受けたときから一〇年間別紙第二および第三目録記載の土地を占有して来たことについては原告らにおいて明らかに争つていないからこれらを自白したものとみなす。

そこで右抗弁事実のうち唯一の争点であるところの、被告松浦・同友盛が本件売渡処分を受けた当時右処分によつて前記各土地の所有権がそれぞれ自己に帰属するに至つたと信ずるについて過失がなかつたかどうかについて考えてみる。

行政行為は法を具体化し、執行する組織を備えた行政庁が法に基き法に従つてなす行為であり、その瑕疵が重大かつ明白である場合を除いて公定力を与えられるのであるから、自創法に基づき農地の売渡処分がなされた場合には、右処分を受けた者は同処分の瑕疵の有無について特に疑いを差し挾むような事情がない限りこれを調査する義務はなく、かつそのような特別の事情のないことは推定されるとみるのが相当であり、しかも本件においては右のような特別事情が存することについて何らの反証がないから、被告松浦・同友盛はそれぞれ前記土地について本件売渡処分を受けて占有を開始したとき、右各土地の所有権が自己に帰属すると信ずるについて過失はなかつたものといわなければならない。

次に、原告らの取得時効中断の再抗弁について考えてみよう。

成立について争いのない甲第一号証によれば、原告田中耕一が訴外比和町農業委員会を相手取つて原告ら主張のような訴を提起したこと、右委員会が原告田中耕一に対し原告ら主張のような請求の認諾をしたこと(被告国および同松浦は右訴の提起および請求の認諾がなされたことを認めて争わない。)を認めることができ、右認定を動かすにたりる証拠はない。

ところで、原告らは右請求の認容は確定判決と同一の効力を有するから、行政事件訴訟における右認諾の効力は右訴訟における確定判決の効力と同様に第三者である被告松浦・同友盛に及び、従つて右被告両名主張の取得時効は右訴の提起および請求の認諾によつてそれぞれ中断された旨主張する。その論旨は前記農業委員会の請求の認諾の効力が被告松浦・同友盛に及ぶ以上、さかのぼつて右委員会に対する訴の提起の効力も右被告両名に及ぶこととなり、そうである以上、原告らは右農業委員会に対する訴の提起によつて右被告両名に対して訴を提起したと同様の効果を享受し、かつ右委員会の請求認諾によつて右被告両名が原告らに対して民法第一四七条第三号の承認をしたのと同様の効果を享受したというにあると思われる。

しかしながら、仮に行政事件訴訟において請求の認諾をすることが可能であり、かつ前記農業委員会の請求認諾の効力が第三者である被告松浦・同友盛に及ぶとしても、そのことによつて右委員会に対する前記訴の提起の効力が被告松浦・同友盛に及ぶことにはならない。しかも、右認諾の効力が被告松浦・同友盛に及ぶとしても、そのことによつて右被告両名は本件買収処分が無効であることを争えなくなるのにすぎないのであるから、そのことをもつて右被告両名が原告らに対して原告らが本件農地について所有権を有することを知つている旨を表示した(それが本件の取得時効中断事由としての承認にあたる。)のと同視することはできないのである。つまり、請求の認諾と時効中断事由としての承認とはそれぞれ訴訟法と実体法という独立の法体系上の行為として別個独立に観察され、その要件および効力も別個に定められているのであるから、前記農業委員会の請求認諾によつて被告松浦・同友盛が時効中断事由としての承認をしたことになるか否かは右認諾の効力(既判力、形式力および拘束力)およびその主観的範囲とは無関係に、時効制度に関する実体法規および時効制度そのものの趣旨に基づいて判断されなければならないのである。

もともと民法第一四七条が請求および承認を時効中断事由としたのは、そのような行為があるときは権利者が権利の上に眠つてその行使を怠つているといえないだけでなく、右行為によつてそれまで右行為をした者と相手方との間に継続して来た事実状態が正当なものであるとの社会的信頼が破れるからにほかならない。従つて、右にいわゆる請求は権利者が時効によつて利益を得る者(本件における被告松浦・同友盛)に対してなすことを要し、同様に承認は時効の利益を受ける者(本件における被告松浦・同友盛)が時効によつて権利を失う者(本件における原告ら)に対してなすことを要するのであるから、原告ら主張の訴外比和町農業委員会に対する訴の提起又は同委員会がなした請求の認諾はいずれも被告松浦、又は同友盛に対する取得時効中断事由に該当しないことが明らかである。

更に、原告らは被告松浦・同友盛が原告田中耕一に対し昭和二八年一月六日頃本件土地の所有権が原告らに帰属することを承認した旨主張するけれども、右主張に符合する証人岸博明・同立花武夫の各証言ならびに原告田中耕一本人尋問の結果は証人松浦八十一の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証、同証人の証言、被告松浦(第一、二回)・同友盛各本人尋問の結果と比照して採用することができず、他にこれを認めるにたりる証拠がない。

そうすると、原告らの再抗弁はいずれも理由がないから、被告松浦は別紙第一目録記載の土地について昭和三三年一〇月三日、別紙第四目録記載の土地について昭和三四年三月三日、又被告友盛は別紙第二目録記載の土地について昭和三三年一〇月三日、別紙第三目録記載の土地について同年一二月三日それぞれ取得時効の完成により前記土地の所有権を取得し、その結果原告らは本件土地の所有者であつたとしても同土地について所有権を喪失したものであり、被告松浦・同友盛の所有権取得登記は現在の実体的権利関係に合致するものであつて有効であるといわなければならない。

従つて、原告らは被告松浦・同友盛に対して本件各所有権取得登記の抹消を請求する権利を有しないことが明らかである。

他方、原告らの被告国に対する前記所有権取得登記抹消登記手続の請求はそのような意思の陳述をなすべきことの確定判決を得ることによつて現実に右所有権取得登記を抹消することを目的としているものであるから、原告らが右のような確定判決を得ても右所有権取得登記を抹消することが客観的に不能である場合にはそのような抹消登記手続の請求は真の利益を欠くものといわなければならない。そして、不動産登記法第一四六条によれば、原告らが被告国の右所有権取得登記抹消登記手続をなすためには右取得登記を抹消するについてその利害関係人である被告松浦・同友盛の承諾を得、又は右両名に対抗できる裁判を得ることが必要であるが、右被告両名が前記のとおり本件土地所有権を時効取得してその時効を援用した以上は、右のような承諾又は裁判を得ることは社会通念上不能となつたものというべきであるから、原告らの被告国に対する請求は訴の利益を欠くことが明らかである。

以上のとおりだとすると、本件買収処分の効力の有無、原告ら主張の請求認諾の拘束力の範囲などの前掲争点その他について判断するまでもなく、原告らの本訴各請求はいずれも失当として棄却すべきものであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第・八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 溝口節夫 倉橋良寿 池田憲義)

第一~第四目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例